博士を取得する方法には2種類ある。一つ目は課程博士である。大学院の工学研究科の場合、5年であり、前期2年と後期3年に分けられている。前期2年を修了すれば修士号が取得でき、後期3年を修了すれば博士が取得できる。もっとも修士はともかく博士は所定の3年で取れない人がかなりいる。自分の出身大学大学院の場合、3年ですんなり取れる人は、半分程度だったと思う。一般に課程博士で、学位審査に進むには、査読のある論文誌に採択されることが必要である。論文を書くには研究成果を上げなくてはならないし、論文を投稿しても採択されるかどうかは分からない(査読という審査がある。)。そもそも投稿してから採択されるまでには半年や1年はかかってしまうのが常だ。やはりドクターをとるのは簡単ではない。いずれにしてもこの大学院の後期(ドクターコース)へ進学するのがもっとも一般的な博士取得の方法だ。
しかしすでに書いたとおり日本ではドクターコースに進学する人は非常に少ない。企業の理解、評価もない。いや悪いのはドクターを評価する気のない企業だけではなく、社会が要求する人材を教育できていない大学にも問題があるのだろう。いずれにしても、ドクターコースの敷居は高い。
そんな日本の状況からか、博士を取得するにはもう一つの方法がある。私が今、まさに目指そうとしている論文博士だ。これは大学に籍を置く必要はなく、講義を聴講する義務もない。企業の研究で得られた結果を基に学術誌に投稿し、掲載数がある基準(大学によって異なる)に達したら一冊の論文にまとめて大学に持ち込んで、口答発表を経て審査をパスすれば取得できる方法である。費用も課程博士に比べればかからないし、なんといっても仕事と学位取得が、なんとか両立できるところがありがたい。一方で課程博士よりも多くの掲載論文数が必要になる。私のお世話になっている国立S大の場合は、最低4本の掲載論文があり、そのうち1つは英文のフルペーパーである。という条件だった。あくまでこれは最低ラインの話だ。大学によっては査読がある論文誌のみが対象だったり、査読のある国際会議も含めることが出来たり、あるいはファーストオーサーの論文のみカウントできたりとルールはそれなりに違うようである。普通に考えれば、課程博士よりも年もとっていて、研究の経験もあるのだから、課程博士より高いハードルを設定されるのも無理はないのかもしれない。
この論文博士、実は日本独特の制度らしく、文科省はどうやらこの制度を社会人向けの大学院拡充と平行して廃止したい意向のようだ。しかしドクターコースに通える人ばかりでない日本で論文博士を廃止すれば、間違いなく博士の数は減ってしまうのではないだろうかと思う。
しかしすでに書いたとおり日本ではドクターコースに進学する人は非常に少ない。企業の理解、評価もない。いや悪いのはドクターを評価する気のない企業だけではなく、社会が要求する人材を教育できていない大学にも問題があるのだろう。いずれにしても、ドクターコースの敷居は高い。
そんな日本の状況からか、博士を取得するにはもう一つの方法がある。私が今、まさに目指そうとしている論文博士だ。これは大学に籍を置く必要はなく、講義を聴講する義務もない。企業の研究で得られた結果を基に学術誌に投稿し、掲載数がある基準(大学によって異なる)に達したら一冊の論文にまとめて大学に持ち込んで、口答発表を経て審査をパスすれば取得できる方法である。費用も課程博士に比べればかからないし、なんといっても仕事と学位取得が、なんとか両立できるところがありがたい。一方で課程博士よりも多くの掲載論文数が必要になる。私のお世話になっている国立S大の場合は、最低4本の掲載論文があり、そのうち1つは英文のフルペーパーである。という条件だった。あくまでこれは最低ラインの話だ。大学によっては査読がある論文誌のみが対象だったり、査読のある国際会議も含めることが出来たり、あるいはファーストオーサーの論文のみカウントできたりとルールはそれなりに違うようである。普通に考えれば、課程博士よりも年もとっていて、研究の経験もあるのだから、課程博士より高いハードルを設定されるのも無理はないのかもしれない。
この論文博士、実は日本独特の制度らしく、文科省はどうやらこの制度を社会人向けの大学院拡充と平行して廃止したい意向のようだ。しかしドクターコースに通える人ばかりでない日本で論文博士を廃止すれば、間違いなく博士の数は減ってしまうのではないだろうかと思う。



